「こうしてみなはすえながくしあわせにくらしました。……めでたし、めでたし」  大きな掌が絵本の最後の頁をめくり、穏やかな甘い声がつむじの真上で物語の終わりを告げた。謙信景光は欠伸を噛み殺し、緩く握った拳で目尻を擦る。障子越しだというのに真夏の日差しは部屋の中にくっきりと光の線を描いていた。  出陣部隊は今頃どうしているだろう。室内ですらこの有様だ。まして下からも照り返しのくる砂浜は。  夜光貝集めに多くの刀が駆り出されてしまった今、残っているのは練度上限に到達しながらも修行資格のない者たちばかりだ。  畑仕事や馬の世話などは涼しい朝のうちに済ませてしまった。流石にこの時間に道場で汗を流す物好きはいない。  庭土からも陽炎が立ち昇る午後の二時。本丸は白熱する陽光の下に閑としている。

謙信はもう一度欠伸を噛み殺した。  決して寝不足というわけではないのに、夏の真昼はどうしてこんなにも眠気を誘うのだろう。 審神者によれば、熱と紫外線は体力を削る。また、快適な設定であっても冷房は知らずのうちに体力を削る。故に調整の有無に関わらずどちらにせよこの季節は回復のための眠気を誘う…との説であったが。  他の刀派の部屋よりも気持ち強めに設定されているらしい冷房も、兄のようなおじのような太刀の付喪神の懐に入ってしまえば何ということはなかった。厚い胸板と逞しい腕とが謙信を人工の風から守ってくれる。  先程まで絵本を朗読してくれていた声は、いつもであればここで短い昼寝を促してくるのだが。 「あつき……?」  謙信は彼が絵本を閉じたきり沈黙したままなのに気がついた。声の調子からはわからなかったが眠ってしまったのか。どちらかというと聞く者をこそ眠りに誘う声との評判なのだが。  様子を窺おうにも、背を向けたまま密着しているのでままならない。ひとまず体勢を変えようとして、謙信は自分を座らせている胡坐の腿に手を置いた。  硬い。  しかもひどく単純で粗い感触だった。普段から謙信の掌に馴染んできたのは、密度のある重い筋肉の弾力だ。  そしてひどく冷たい。  薄い肩が震えた。知らぬ間に氷室に閉じ込められたような心地だった。再度小声で呼びかけてみたが返事はない。  代わりのように大きな雫が目の前に降ってきて、未だ広い掌が添えられたままの絵本の裏表紙に赤みがかった灰色の飛沫を散らした。  ただの水よりは粘り気のあるらしい動きでそれがつややかな傾斜を滑る。畳に垂れる前にと謙信は咄嗟に指で拭う。思わず口に入れた。  こころのどこかで予想していた通りにつめたくて、なんだかひどく身に覚えのある味だった。

静かに絵本を取り上げて脇に置く。  それを持っていた手の見た目はいつもと変わらない。けれど先程から微動だにしない。

謙信景光はやわらかな口を僅かにひらいて、目の前の太い指に恐る恐る近づけていった。


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外道塚 Fei

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